日々の思考の積み重ね

家電メーカー企画マンの独り言ブログ

人生で最初の記憶は言葉を覚えると共に始まるという仮説

皆さんには、人生で一番はじめの記憶というものはあるだろうか?もしくは覚えているだろうか?

 

僕にはある。というか覚えている。という表現の方が正しかろうか。

 

それは、当時4歳だった僕が、初めて兵庫県宝塚市のとあるマンションに引っ越した日のことだ。

 

父の車で岡山から兵庫に移動し、マンションに着いた。

その時、上の階に住んでいた友達とそのお姉ちゃんが、階段から顔を覗かして僕たちの方を見ている。

それが僕の一番古い記憶だ。

 

もちろんその後、幼稚園に通ったり、阪神淡路大震災を経験し、燃え盛る街をテレビ越しに眺めたりと断片的な幼い頃の記憶はある。

 

が、先ほどのマンションの記憶は、なんとも言えない、不安な気持ちと新たな友達に出会ったワクワクという感情と結びつき、僕の心の中に色あせない記憶として残っている。

 

さて、表題にある「人生で最初の記憶は、言葉を覚えると共に始まる」という仮説は、

今朝起きた瞬間に思いついたことである。

最近はよく夢の中で変なアイディアを思いついたり、無駄な仮説がスパークするのだが、この表題も同じ感じで思いついた。

 

これはあくまで仮説である。

が、例えば、僕たちは一週間前の夕食は覚えていないが、小学校の頃の運動会のことは覚えているのではないだろうか?

同様に、1ヶ月前に上司から言われた仕事のお題は覚えていないが、中学校の頃、初めて告白した日のことは覚えているのではないだろうか?

 

これは強い感情、もしくは衝撃的なことが起こった時は、強く感情が揺れ動くことで、それが鮮明に記憶に残ることが原因である。

 

つまり感情と記憶は強く結びつきやすいということである。

 

脳と記憶、記憶のされ方

 

しかしだ、そもそもその感情というもの自体を本人が認識していなければ、それが

脳には衝撃的な事実として記録されないのでは?

例えば、赤ちゃんにとっても可愛いぬいぐるみをあげても、おそらく赤ちゃんはそのことを覚えていないだろう。それは、赤ちゃんは笑顔になるかもしれないが、それが赤ちゃんにとって「嬉しい」という感情には繋がる訳ではないからだ。

 

しかし、もう少し成長した子供、それも多少の言葉を覚えた子供にとっては、

ある程度の感情を言葉で表現できるようになる。

そして、おそらくこの瞬間に子供は何かしらの事実に対して初めて感情を感じることになり、それは記憶として脳に残ることになる。

 

つまり、言葉を覚えるというトリガーにより、目の前の事象に対して感情を持つことができ、結果的にそれにより記憶づけされやすくなる。

という仮説である。