Made in じゃぱん

好きに語らせてくれ

六月終わり

新たなスタートを明日から切る人もいるだろう。

 

企業人の僕たちにとって、1Qの終わりは節目である。

事業計画の達成度を見る。

自分の3ヶ月の出来を見直す。

人事異動もある。

 

僕は、人事異動で新たな部署に異動するわけだ。

そんなこんなで僕にとっても六月終わりは、一つの節目である。

 

ところで、

 

最近、人の言動や意識に対して幻滅することが多い。

いい大人がそんなに大人気ない発言をするのか?

そんな思考回路しかできないのか?

すぐ悪口をなぜ言う?

なぜ上司の顔色しか伺わない?

 

そして今日は上司からこんな一言を浴びせられた。

「お前は来月から新しい部署に行くから、もう今の部署の事業なんかはどうでもいいんだろう?」

 

自分としては、担当の商品を発売することは、事業性の観点でデメリットが大きいので中止した方が良いと告げだのだが、

それを逆にやる気がない、新商品を発売しないことは頑張っていない、と捉えられたわけだ。

 

特に大企業では、一度始めた企画やテーマを頓挫することは、最悪なことだと考えられてる。

確かに非常に有望なテーマで事業性もあればそう思う。

 

しかし、大企業の企画は、

「圧倒的に企画にかける時間が少ない」ことが問題だ。

これは、以前ブログで述べた内容である。

 

 

 

taitaitai.hatenadiary.jp

 

そして、大企業は、圧倒的にテーマアップされた後にリソースを割いて頑張るのだ。

それは、もちろん大切なことだが、これはこれで問題だ。

なぜなら、一度決まったことを頑張ることは、楽だからだ。

ある意味知的生産性は低い。目標の仕様に向けてトライ&エラーを続けるだけだ

 

 

 

 

そして、本来は最も時間をかけるべき「どんなテーマを行うのか?」についてあまり時間を割かない。

そうなるとどうしても、企画内容の精度自体が低く、事業にとって筋の悪い企画も多い。

 

そこで次に大切なことは、テーマの見極めだ。

筋の悪いテーマは切る。

切る際も、デッドラインや事業性を見極めながら、どこまでできなかったら切るか?

そこは腕が問われるポイントである。

 

 

 

 

撤退する勇気や意思決定は必ず必要なのだ。

 

今日は非常に辛かったのは、上司の発言を浴びせられたことよりも、

「そのような発言を行う人だったのか」という人間性についての幻滅の方が大きい。

(勿論発言の中身もショックだったが笑

なぜなら自分はこれまで企業のため、社会のためを一番に仕事の意思決定を行なってきた。自分のエゴで意思決定をしたことは一度もない。)

 

仕事はできる人はいる。しかし、人間性まで尊敬できる人は非常に少ない。

少なからず僕の上司は前者の部類には入る。

 

 

自分が人間性を高めて行くことの重要性を再度身にしみて感じた瞬間だった。

自分が上に立った時、どのような人だったらついていきたいか?

どんな人だったら、命をかけて、一緒に歩んでいきたいか?

 

わからないが、例えば西郷隆盛だったら、僕はついて行く。

なぜなら西郷隆盛の理念は「己を愛するなかれ」であるからだ。

 

自分は愛さず人のために、社会のために尽くす。

そんな志は、必ず周りに響くものだ。

 

 

そんな人間になるべく、僕もまだまだ精進しなけらばならないと感じた一日であった。